誰かの存在が100%に近いほど占めていたなら

その人は最も欠かしたくない存在で
感覚的にも離れてしまわぬように
自身の成長を自から止めていたりすることもある。

ほぼ100%の存在だということを受け入れているのなら
そのまま、少しづつ離れていけることがある。

たとえば、泳げるようになる時に、ゆっくりと両手を放してもらい
一人で泳げるようになって喜び合えたり
自転車の補助輪を外して、気づかないように後ろの手を放してもらい
バランスよく一人で乗りこなせるようになって楽しめたりする。
そして、ひとりで進むことを実感してく。

安全だと感じている場所のほかに、まだまだたくさんの安全で素敵な場所がある。
それを思い描けていないから怖いだけなのかもしれない。