勝利と敗北は

自身が作り出すことがある。

ならば、勝利とは、敗北とは、イメージは明確に浮かぶだろうか。

かつての私も心が作り出すものに追い立てられていた気がします。

明確な人物像を思い浮かべることができるのであれば
その者にいかに近付け、いかにならぬように
己を消すことなく進むことができたかもしれないけれど

イメージなどは漠然たる存在

だったら、いかにとらわれず、過去をも遡り
よきも悪くも決めず、自らを活かすことに専念すると
勝利も敗北も存在しなくなる。

中間とも言い切れず、私は私であることにたどり着く。
だけど、ちょっとした微調整は必要にはなりますけどね。

伸ばすところは伸ばし、変化が必要なものは調整し整えていくこととが
与えられるのではないかとも思うんです。