微笑む暇

「忙しすぎて、微笑む暇も、愛を与えたり受け止めたりする暇もない、

そんな生活になっていませんか。」―マザーテレサー

 

そう語りかける言葉が染みわたる。

環境や状況によっては、忙しい毎日になってしまうこともある。

また、敢えてあまり暇な時間をつくらない歩み方もある。

ちょっと昔の私は「休んでいる暇などない。」と思っていた時期が、長く続いていました。

今が求める幸せではない。とさえ思い、

何を望み、どこを目指しんでいたのか、○○べき思考に操作されていたかのように、

追い込み、自分の掘った落とし穴にはまったりすることも、多かったように思います。

 

ひとつ、ふたつと、こうしなければいけない。こうあるべきだ。を減らしていくと

人や物事に抱く感情に変化が訪れる。

 

確かに、あの頃は本気で笑っていたのかも、身近な人へ愛を与えたり、

受け止める余裕があったのか、ハッキリと言えないのですが、

 

今は、かなり本気で笑っていますから、笑い皺がクッキリと増えていますし

愛を与えることや、受け止める暇は、、充分?にあるように思うんです、、、。

 

そうだよね。と振り返り

これでいいんじゃない。と感じさせてくれた言葉

 

「忙しすぎて、微笑む暇も、愛を与えたり受け止めたりする暇もない、

そんな生活になっていませんか。」

 

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