あなたはこうだから、こう思ってるよね。
こう考えるるよね。こうしたいんだよね。こうするでしょ。などと

親子、恋人、夫婦、友達、それぞれの関係性の中でも
おおよその推測はしてしまう。
これは、ある側面を分析したに過ぎず
しかも自身の過去から現在に至るまで
記憶された情報の統計からだったりする。

だいたい当たっていることも
全く異なることもある。
当たっていたとしても、細やかなところまで一致しているとは限らず、
一部の側面にしかすぎない。

あたかも「正解」と分析側は思うけど
推測された側にとっては、どうにもふに落ちない。
「違うよ」と言ったところで受け入れられないことも少なくないから。

「思い込み」とも言えるかもしれないけれど
分析側にとってみれば、そう見えるし、そう感じるんでしょうね。
受け取り側は違うんですけど、と思いつつ「分からない人」と分析し
さらに、「どうしたら分かってもらえるのか」
「気が付いてもらえるのか」と相手を動かす自身の行動や言葉を探す。

両者がまるで追いかけっこのように、、、。

よくよく考えてみれば、相手に対しての方向性ではなく
自分中心の心と思考のように感じる。

相手軸ではなく、意外と自分軸に隠されていることだと
気が付くことだけでも、新たな分析の眼が広がるかもしれませんね。