これは、私自身も考えさせられました。
「理解」と「納得」には ”ひずみ” が生じていることがあるように思ったんです。

いろいろなご意見もあるかとは思いますが、

物事を理解するための教材や情報は今は簡単に手に入ります。ところが「納得」して自分自身に落とし込めているかと言えば、、、
「?」だったりします。
簡単に言えば、物事にたいして白、黒、グレーがあると頭では理解しているものの
その事柄がより身近に起こることについては「グレー」が許されない状況になったりします。

遠方から見ているときは「グレーもあるさっ。」と言えたとしても、
ふりかかることが身近であればあるほど「グレーもあるっていうけど、、、」となってしまうことです。
「けど、、」って、「納得」していることにはならないのではないかと思ったりします。

「そういうけど、、」の ”けど、、”ってなんでしょうね。
何が邪魔をしているのでしょうか、ひょっとしたら「自分自身の概念」なのかもしれません。

一般的に多くの人が思うこと
常識だと思っていること
そうあるべきと思い込んでること
物事の範疇を決める枠があること

時に人は同じ繰り返しをしたりしますが、変化を求めている場合に「概念」をいかにして
解きほぐしていくことが出来るかというのも”鍵”となるのではないかと思うんです。

私の中の「概念」ってわりと頑固ものだったなぁ。