ある時、気づいたこと

「幸せ恐怖法」だってことを
人は悪い予測は比較的簡単に想像できる。果てしない想像力で、、、
一方、幸せについてはある一定のところまでは予想はできるものの
それを超えることについては想像しがたい。

過去の私はプライベート、仕事、恋愛において「幸せ恐怖症」でした。

調子が良い、キターッ!と思うタイミングがあっても未知の想像を超える
”幸”については怯えていた。頭によぎるのは 「イイこともあれば、ワルイいこともある」

私なんて、、、。私など、、、。
また、ガックリと堕とされる気がした。
これこそが、怯えそのもの。
堕とされのではなく、限界を私自身が作っていたこと

足取り軽い幸せから堕ちるのが怖いから、ネガティブなことを妄想して
心が再び傷つかないように身を守る。

そんな自分がいることに気が付いたんです。

たくさん傷ついたり、落ち込んだり、悩んだり、苦しんだ。
それでも、また立ち上がり立っている。

もう、恐れることなどやめよう。
想像をはるかに超える「幸せ」を見てみたい。
そう思えた。

「成功者」と言われる人たちは、まだ見ぬ幸せの世界を怯えることなく
迎え入れる覚悟があるように思うんです。

ネガティブな想像が出来るのなら、ポジティブな想像力も果てしなく可能なんだと、、、。
そこには、形だけではない心の確信だと思ったりします。

想像できない程の「幸せを」感じてみたい。それが殻を破る一つの方法でもあるのかもしれないのです。
だから、誰もが想像をはるかに超える”幸”を手に入れることが可能だと信じているんです。