自分自身の苦しみから抜けるとき、

本や音楽、言葉、人との出会い、行動、様々なタイミングで、

人は光を見ることができる。

その光を一瞬にして自分のものにしてしまう人もいれば

光はすぐに薄れていき、また悩みの迷路に入り込む人もいる。

 

後者は私自身でもありましたが、

なぜ、何度も何度も迷路に入ってしまうのか。

あらゆる方法を取り入れても、また戻る。

そこには、うわべの自分探しになっているからです。

人に説明しやすい立場でなければいけないのか。

認められる存在でなければダメなのか。

報われなければいけないのか。

 

高すぎる程の目標に苦しめられることもある。

細分化しようが地道にやっていようが、、、。

目標や理想に辿り着こうとして、もがき苦しむことも必要だけど

それだけでは、潰されかねないし素直ではいられない。

 

そこで、最近はまっているのが、2つの脳を使う方法。

目標設定とともに、試行錯誤と行動を続ける脳。

もう一つは、ほんとに単純に今できることをやるだけ、、、。

いい人ぶってるとか、偽善者だとか思われたっていい。

揺さぶられることなく

ただ、ただ、単純なこと、、、。

 

玄関先を掃き掃除するついでに、隣まで、階段までとか、、。

小さなゴミでも、もし、気になるのであれば拾えばいい。

誰かが困っていたら声をかける。 誰かを楽しませる。

単純なことで、誰でもできること。

それすら、目を背けていた時があったんです。

自分を大切にする とか 自分が何者だとか わからなくなってしまったら、

 

人だけに限らず、目の前の自然や、目の前にある小さな出来ることから始めたらいい。

 

おのずと自分も大切にしていることになっているんです。

自分だけを対象にしていたら、抜けだすことも、叫び続ける自分の声も聞こえない。

 

光りを掴んだら、時には自惚れてしまってもいいけど、

もう一つの脳で、、、目の前の小さなことは続けよう。何も求めずに、、、。

一瞬にして光を自分のものにしてししまう人は、自然と「いいこと」をし続けている。

 

自分を見失わない旅は、何かに苦しむ脳とは別の

「もう一つの脳」で

小さないいこと楽しむだけ。

 

なんで、こんな単純なこと気づかなかったのだろう。