愛が憎しみに変わり、好きが怒りに変わる時、
それは、友達、親子、恋人、夫婦、様々な関係性、世の中自体に、いつなん時でも起こりうる。

過ぎ去った私の中にも存在した。
毒を吐き、牙をむき出し、どれほどたくさんの人を傷つけてきたのだろう。
全てを失ったようにも感じた、実際はそうではないけど、

自分の存在を薄く消したくなる想いだった。

辿り着いた先は、誰に何を求めていたのかということ、
生きている感覚、必要とされる感覚をどこに、どんな形で求めていたのだろうかということだった。

焦ろうが、必死に訴えようが、自身が形や見えない心を求め過ぎていたに過ぎなかった。
高望みをしているわけでもなかったのだけど、

何日も泣き、叫び続け、こぶしを握り締めてきた、、、そして逃げ続けてきた。

自身の毒を吐ききった後に気が付いたことは、たった一つ
自分自身も周りも、何も見えていたかったことだった。

人一人は掛け替えがないはずなのに、それすら大切にしていなかったのかもしれない。
自分の存在は自身が丸っと受け止めて初めて、全てに「ありがとう」と言える。

自分を好きになれなくたって、生きる価値はある、生かされ続ける限り。
嫌いなら、そこから再び明日を迎えればいい。

誰かや何かでなく、自分自身が繰り返しの明日を向かい入れた瞬間から、憎しみが愛に、怒りが好きに変わったように思う。